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クララ・シューマン・バースデーコンサート開催における2つの奇跡

紀尾井ホールでのクララ・シューマン生誕200年バースデー・コンサート開催に関し、すばらしい奇跡が2つ起こったのでお知らせいたします。

10日前の朝、クララ・シューマンの誕生日である9月13日前後の東京のホールの空き状況を調べて貰おうという考えが急に頭に浮かんできまして、音楽事務所の社長に当たってもらいました。

紀尾井ホールだけが、9月13日は自主公演が入っているが、9月12日は空いているとのことでしたが、翌朝「自主公演が9月12日に変更になったので、13日をどうぞお使い下さい。」との連絡が入ったのです。

クララご自身の誕生日にコンサートができる、これが1つ目の奇跡。

その午後に、台南の奇美博物館の副館長から「昨年あなたはクララ・シューマンの生誕200年コンサートをすると言ったが、どうなったのか?」という電話が来ました。

さっそくコンサート開催の報告をしたところ、奇美の会長、許文龍氏にもその旨連絡が届き、会長が一番大事にしている館蔵の門外不出のストラディバリの名器「ヨアヒム=エルマン」を日本に持って行っても良いよ、と快諾を頂きました。

これで、生涯の親友だったクララのピアノとヨアヒムのバイオリンがクララの200歳の誕生日に一緒に合奏するという2つ目の奇跡が起こりました。

三船文彰の小発見を。

2011年、グラモフォンから「キム・ヨナ〜銀盤の女王」という、フィギュアスケートのキム・ヨナ選手が、競技に使用した楽曲と自分の推薦するクラシックの名曲を網羅したアルバム(2枚組)が出ましたが、その中に30代のルース・スレンチェンスカのショパンのエチュードが入っていたのです。

年齢もジャンルも違うキム・ヨナ選手がどのように60年前のスレンチェンスカの演奏に突き当たったのか、なぜその演奏に感動し、推薦までしたのか、ご本人に聞いてみたいものです。

ルース・ファンからの世紀の大発見!

先日岡山のルース・ファンの方がテレビドラマ「刑事コロンボ〜 殺しの序曲」の中でルース・スレンチェンスカのレコードを見つけました。トリックに使用したレコードプレーヤーをクローズアップしていくシーンで、その横の机の上にそのレコードが置かれているのを発見したのです。

これはデッカから1958年に出版された、ルース・スレンチェンスカのデビュー25周年を記念したアルバム。スレンチェンスカは6歳でデビューしたので、この時はまだ31歳。

1950年代にデッカから出版されたスレンチェンスカのレコード11枚がゴールドディスクだったため、音楽愛好家の家なら、一家に一枚あるくらい、ルース・スレンチェンスカのレコードはポピュラーだったので、実は驚くような事ではない、ということです。

素晴らし過ぎるテクニックとしなやかな心の感性、細部まで練り上げた作品の解釈が一体となった、繰り返し聴きたくなる名演奏。ゴールドディスクになるのも頷ける内容です。

ルース先生が95歳を迎えました

1月15日にルース・スレンチェンスカはお元気で94回目の誕生日をサンフランシスコで迎えられました。多くの台湾大学OBのファンに囲まれ、日に2回もバースデー パーティーが盛大に開かれました。

しばらくサンフランシスコで若いピアニストのマスタークラスで教えられる予定です。

ルース先生、台湾大学交響楽団50周年記念演奏会で演奏

5月6日、三船文彰が所属していた台湾大学交響楽団の50周年記念演奏会にて、ルース先生が演奏しました。

場所: 台湾大学医学部の人文博物館(旧台北帝大医学部講堂)

ルース先生、台湾でのひととき

ルース先生、台湾でのひととき

福島市音楽堂での「ねむの木の子守歌」合唱。

4月25日、福島市音楽堂での「市民音楽交流の夕べ」にて行われた美智子皇后陛下作詞の「ねむの木の子守歌」の全員合唱。

今回のルース先生の来日イベントで、最も印象に残る光景の一つでした。

ルース先生、台湾の東呉大学で講演

5月2日(水)、ルース先生は台湾の東呉大学で講演されました。

ルース先生、宇宙飛行士山崎直子さんと対談

4月26日都内にて、縁あってルース先生は宇宙飛行士の山崎直子さんと対談しました。

山崎直子さんより以下ツイートいただきました。

ルース先生、福島県知事を訪問

4月26日、福島でのイベントに伴い、ルース先生が内堀福島県知事を表敬訪問しました。

内堀知事からは「今回の音楽を通した交流が県民に元気を与えてくれた」とのコメントをいただきました。

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