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クララ・シューマンのピアノが戻りました

クララ・シューマンのピアノが3ヶ月の長旅を経て、10月10日、無事に劉生容記念館に戻りました。

写真のような作業を6回繰り返して、一回も雨に降られずに戻る事ができました。

多くの方々のご尽力のお陰様で、クララ・シューマンに喜んで頂けた演奏会になったことと思います。

クララ・シューマン生誕200年バースデー・コンサートに向けて

最強クラスの台風が東京直撃となってしまいましたが、一刻も早い復旧を祈っております。

9月13日(金)のクララ・シューマン生誕200年バースデー・コンサートが明後日となりました。

この10日間ずっと、毎日天気予報とにらめっこしておりましたが(当日ピアノの運搬時に雨になるのだけは避けたかったので)、一週間前の雨マークだらけの状態から曇り、台風、そしてついに12日、13日、14日が晴れマークに変わりました。ホッとしております。

クララのピアノは一か月前に大阪の松本安生氏の工房で最高の状態に調整をして、台風の直前に東京の楽器倉庫に無事到着しました。

今は温度22度、湿度50%の環境の中で、長旅の疲れを癒し、精気を養い、13日の演奏会に備えております。

ヨアヒムのストラディバリウスも今日(9/10)台南の奇美博物館から出発(今日の台南も大晴れとの事)、夕方には東京に到着の予定です。

二人の歴史的な音楽家の楽器がまさに時空の裂け目から現れて、出会うことになります。

万難を排しても出会って頂きたい演奏会です。席はまだ少々ありますので、東京のご友人にぜひこの演奏会の事をお知らせ頂ければうれしいです。
(台湾から40名、アメリカから10名、岡山から70名駆けつける予定です)

  • 9月13日(金) 19:00 開演
  • 紀尾井ホール

 

三船文彰

MOSTLY CLASSICに一面広告

2019年8月20日発売の「MOSTLY CLASSIC(モーストリー・クラシック)10月号」の表紙を開いてすぐの左面一面に広告が出ます。

普段はお願いしても取れない最高の枠に、奇跡的に掲載していただくことができました。

10月号は本編特集がブラームスということもあり、記念に掲載することにしました。よろしければご覧になってみてください。

クララのピアノ、旅立ち

9月13日、紀尾井ホールでのクララ・シューマン生誕200年バースデー・コンサートで使用される予定のクララ・シューマンが実際に使用したピアノ(1877年製 グロトリアン・スタインヴェッグ[No.3306])が、壮大なアドベンチャーに向けて、いよいよ劉生容記念館から旅立ちました。

1ヶ月間大阪の松本氏の工房で最高の状態に調整を加えられ、9月初めに東京の楽器倉庫に運ばれ、13日の朝9時に紀尾井ホールのステージへ搬入。同日21時終演後に梱包し、22時までにホールから搬出、一旦東京の倉庫に納められ、その後一気に岡山に帰還する、という長大な旅です。

ピアノ運搬のプロの方たちのお陰さまで、演奏会が実現できます。

醍醐桜への奉納演奏の時も彼らがクララのピアノを運んでくれました。

2005年のルース先生の岡山シンフォニーホールでのラスト・コンサートの時も彼らが劉生容記念館のもう一台のスタインウェイを運んでくれました。

2日の演奏会の最後にステージに残されたピアノの梱包に取りかかろうとしたら、ルース先生が3人に「椅子を持って来てピアノの前に座ってちょうだい」と言いました。そして彼ら3人のために一曲演奏してくださいました。

「普通のピアニストから見たら一裏方のわれわれのために、労いの演奏をしてくれたのは、一生の中でも、ルース先生だけだった」と、今でも感激を伝えておられました。

今回もお世話になります。ありがとうございます。

「ヨアヒム=エルマン」のストラディバリ

9月13日、紀尾井ホールでのクララ・シューマン生誕200年バースデー・コンサートで使用される予定の「ヨアヒム=エルマン」のストラディバリに挨拶をしてきました(台湾の台南の奇美博物館)。ヨアヒムが30数年、エルマンが41年、ヨーゼフ・スークが10数年と超名演奏家に弾き継がれたストラディバリの中でも最重要な楽器です。

ヨアヒムはバイオリンの神童として、12歳でクララ・シューマンと共演してから、クララが亡くなるまで一生の友人でした。すでにスーパースターだったヨアヒムが2歳下のまだ無名だった20歳のブラームスをシューマン夫妻に紹介した事がヨアヒムの最大の功績とされています。

クララ・シューマンと出会わなければブラームスの芸術は違うものになったし、19世紀のクラシック音楽はこれほど豊穣な事にはならなかったでしょう。

生涯の親しい友人としてだけではなく、19世紀のクラシック音楽を牽引した事で、その役割を果たすべく、この三人は出会う運命にあったのです。

クララ・シューマン・バースデーコンサート開催における2つの奇跡

紀尾井ホールでのクララ・シューマン生誕200年バースデー・コンサート開催に関し、すばらしい奇跡が2つ起こったのでお知らせいたします。

10日前の朝、クララ・シューマンの誕生日である9月13日前後の東京のホールの空き状況を調べて貰おうという考えが急に頭に浮かんできまして、音楽事務所の社長に当たってもらいました。

紀尾井ホールだけが、9月13日は自主公演が入っているが、9月12日は空いているとのことでしたが、翌朝「自主公演が9月12日に変更になったので、13日をどうぞお使い下さい。」との連絡が入ったのです。

クララご自身の誕生日にコンサートができる、これが1つ目の奇跡。

その午後に、台南の奇美博物館の副館長から「昨年あなたはクララ・シューマンの生誕200年コンサートをすると言ったが、どうなったのか?」という電話が来ました。

さっそくコンサート開催の報告をしたところ、奇美の会長、許文龍氏にもその旨連絡が届き、会長が一番大事にしている館蔵の門外不出のストラディバリの名器「ヨアヒム=エルマン」を日本に持って行っても良いよ、と快諾を頂きました。

これで、生涯の親友だったクララのピアノとヨアヒムのバイオリンがクララの200歳の誕生日に一緒に合奏するという2つ目の奇跡が起こりました。

三船文彰の小発見を。

2011年、グラモフォンから「キム・ヨナ〜銀盤の女王」という、フィギュアスケートのキム・ヨナ選手が、競技に使用した楽曲と自分の推薦するクラシックの名曲を網羅したアルバム(2枚組)が出ましたが、その中に30代のルース・スレンチェンスカのショパンのエチュードが入っていたのです。

年齢もジャンルも違うキム・ヨナ選手がどのように60年前のスレンチェンスカの演奏に突き当たったのか、なぜその演奏に感動し、推薦までしたのか、ご本人に聞いてみたいものです。

ルース・ファンからの世紀の大発見!

先日岡山のルース・ファンの方がテレビドラマ「刑事コロンボ〜 殺しの序曲」の中でルース・スレンチェンスカのレコードを見つけました。トリックに使用したレコードプレーヤーをクローズアップしていくシーンで、その横の机の上にそのレコードが置かれているのを発見したのです。

これはデッカから1958年に出版された、ルース・スレンチェンスカのデビュー25周年を記念したアルバム。スレンチェンスカは6歳でデビューしたので、この時はまだ31歳。

1950年代にデッカから出版されたスレンチェンスカのレコード11枚がゴールドディスクだったため、音楽愛好家の家なら、一家に一枚あるくらい、ルース・スレンチェンスカのレコードはポピュラーだったので、実は驚くような事ではない、ということです。

素晴らし過ぎるテクニックとしなやかな心の感性、細部まで練り上げた作品の解釈が一体となった、繰り返し聴きたくなる名演奏。ゴールドディスクになるのも頷ける内容です。

ルース先生が95歳を迎えました

1月15日にルース・スレンチェンスカはお元気で94回目の誕生日をサンフランシスコで迎えられました。多くの台湾大学OBのファンに囲まれ、日に2回もバースデー パーティーが盛大に開かれました。

しばらくサンフランシスコで若いピアニストのマスタークラスで教えられる予定です。

ルース先生、台湾大学交響楽団50周年記念演奏会で演奏

5月6日、三船文彰が所属していた台湾大学交響楽団の50周年記念演奏会にて、ルース先生が演奏しました。

場所: 台湾大学医学部の人文博物館(旧台北帝大医学部講堂)

〒703-8266 岡山県岡山市中区湊836-3
FAX & TEL 086-276-8560

Liu Mifune Art Ensemble Activities