Profile

Ruth Slenczynska – A profile of her life.

1925年、カリフォルニアに生まれる。3歳の時ポーランド出身のヴァイオリニストである父親からピアノを習い、4歳でリサイタルを開き、5歳の時カーティス音楽院に入学(同級生に、かなり年長だったシューラ・チェルカスキー、ホルヘ・ボレット、サミュエル・バーバーがいた)、6歳の時ベルリンで、8歳の時ニューヨークでデビュー。9歳の時、急病のラフマニノフの代役を務めコンサートを成功させる。「モーツァルト以来もっとも輝かしい神童」(ニューヨーク・タイムズ)、「彼女は私が知っている限り、最も才能のある人である」(ラフマニノフ)など最高の賛辞をほしいままに成長するも、スパルタ的な父親に反発し、14歳からステージに上がるのを拒否。19歳で家出して、カリフォルニア大学バークレー校で心理学を勉強する。

26歳の時、再び指揮者アーサー・フィードラーに見出され、ステージにカンバックし、一躍世界の楽団に熱狂的に迎えられ、ピエール・モントゥー、ユージン・オーマンデイ―、など多くの名指揮者と共演(小澤征爾はサンフランシスコ交響楽団の指揮者の代役としてルース・スレンチェンスカと共演しデビューを飾った)、50代までに全世界で3,500回を超えるコンサートを行い、LP時代アメリカ・デッカより12枚のゴールド・ディスクを出した。1960年代キャリア絶頂期に、商業的な演奏会をほとんど中止し、サウス・イリノイ大学のレジデンス・アーテイストとして教育にも力を注ぎ、名教師としても数多くの優秀なピアニストを育てた。

92歳まで現役のコンサート・ピアニストとして、円熟のテクニックと魂の共鳴する音楽で多くのファンを魅了し続けた。

波乱に満ちた人生は、数多くのテレビ番組、〈リーダーズ・ダイジェスト〉〈ライフ〉などで紹介され、2冊の著書「Forbidden Childhood」「Music at your Fingertips」はロングセラーとなった。音楽誌〈Clavier〉〈Piano Quarterly〉〈Music Journal〉などにも定期的に投稿し、〈Key board〉のコラムニストも長く務めた。アメリカのショパン・コンクール、リスト、ブゾーニ及び台湾の国際ピアノ・コンクールなどの審査員でもある。


2003年78歳の時に岡山市の歯科医師の三船文彰氏との出会いにより、2017年まで9回来日し、岡山にて80歳記念を兼ねたラスト・コンサートを含め、30数回のコンサートを行い、その間に三船氏がの個人レーベル「Liu MAER」で制作したスレンチェンスカの13枚のCDは「レコード芸術」誌などで絶賛された。

ルース・スレンチェンスカのラスト・コンサートを綿密に記録した2005年のNHKの「ラスト・コンサート」、2017年の「超人ピアニスト、ルース・スレンチェンスカ 92歳の旋律」、2007年4月の醍醐桜への奉納演奏をまとめた「千年桜が初めて聞いたピアノ」ドキュメンタリ―番組は再放送を重ね、共に全国的な感動を呼んだ。

ラフマニノフ、コルトー、シュナーベル、ペトリ、ホフマン、バックハウスなどの巨匠に学び、ホロヴィッツが尊敬していたピニストであり(21歳年長のホロヴィッツとは、生涯の親友として付き合いが続いた)、多くの名演奏家と親しい友人であったルース・スレンチェンスカは、20世紀のピアノ演奏史の生きた証人であり、最後の巨匠と呼ばれるにふさわしい。

93歳の今でもピアニズムの頂点をさらに高らしめるべく歩みを続けている。

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Liu Mifune Art Ensemble Activities